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52 『山田風太郎・降臨』 

52 『山田風太郎・降臨』 

52 『山田風太郎・降臨』 (忍法帖と明治伝奇小説以前)
 青弓社  2400円  2012.07  224p  ISBN978-4-7872-9207-0


序章 山田風太郎における反原発小説
一 原子力怪獣襲来
二 平和利用という幻想
三 往きて帰らぬ
第一章 笛を吹く男 ――戦後探偵小説への挑戦
一 夜に逃れて
二 夜よ滅び失せろ
三 母を恋する記
四 蜃気楼に魅せられて
五 風太郎探偵小説の到達点
六 厨子家の悪疫
第二章 指揮棒をふるう男 ――戦後探偵小説からの撤退
一 『悪霊の群』共作事件
二 魔界転生への助走
三 夜は魂よりも暗く
四 太陽黒点を求めて
五 山田風太郎は戦後文学か
第三章 戦後探偵小説論・山田風太郎以外
A 周縁の内から
一 高木彬光『白昼の死角』
二 松本清張『砂の器』
三 梶山季之『黒の試走車』
四 結城昌治『白昼堂々』
B 周縁の外から
一 陳舜臣『怒りの菩薩』
二 野口赫宙『ガン病棟』
三 鮎川哲也『憎悪の化石』
四 日影丈吉『内部の真実』
五 中薗英助『密航定期便』
六 高木彬光『帝国の死角』および島崎博と『幻影城』

末 國 善 己  週刊読書人2012.9.14
 山田風太郎は没後約一〇年たっても人気が衰えず、最近も単行本未収録のジュヴナイルを集成した日下三蔵編『山田風太郎少年小説コレクション』 (論創社)や、その生涯を貴重な写真と小論でたどる『別冊太陽山田風太郎』 (平凡社 )が刊行された。風太郎は作品の復刻や業績を讃えるエッセイが多い反面、本格的な評論による評価は決して進んでいない。その空白を理めるのが『山田風太郎・降臨』である。
 これまで風太郎については、〈忍法帖〉と〈明治もの〉ばかりが語られてきたように思える。これに対して本書は、デビューから一九六〇年代半ばまでに発表された探偵小説を分析することで、風太郎の原点に迫っていく。代表作への言及がないので物足りなさを感じるかもしれないが、 著者は、人体をメタモルフォ一ゼした異形の忍者が死闘を繰り広げる〈忍法帖〉も、歴史上の有名人が意外な場所で邂逅する〈明治もの〉の奇想も、すべて初期の探偵小説に萌芽があるとしている。そのため本書を読めば、〈忍法帖〉や〈明治もの〉のファンも満足できるのではないだろうか。常人には思い付かないアイディアと、 『戦中派不戦日記』などのシニカルな時代分析もあって、風太郎は“天才的”とされてきた。ところが著者は、風太郎が「早熟な読書家」で「熱狂」を抑えて祖国の命運を見据えようとしていたことは認めながらも、「戦争の遠い行く末までも、彼の知性がとどいていたか」は疑問とし、さらに『逗子家の悪霊』にはハンセン病への無自覚な差別があった事実を指摘するなど、まず”天才”という虚像を剥ぎ取っていく。その上に、風太郎が探偵小説に「さよなら」をした作家だったという今までにない作家論を構築しているので、新たな発見も多い。

 風太郎が、自分の手を汚さず、別の人間に殺人を実行させる「操り」や、「異形・畸形」にこだわったことは、既に多くの指摘がある。著者はこれに「虚像と真実」を加えながら、風太郎のトリックが、襤褸アパー卜が建ち並び、誰もが価値観の転倒に戸惑っていた終戦直後の”闇”の中でしか成立しなかったことを論証していく。
 さらに、バルザックの全体小説を目指して高木彬光と合作した『悪霊の群れ』を失敗作と断じる著者は、合作の経験が高木に『白昼の死角』や『帝国の死角』といった社会的なテーマを盛り込んだ大作を書かせる一方、『金瓶梅』の世界を探偵小説にした連作集『妖異金瓶梅』に、「操り」「異形・畸形」「虚像と真実」のすべての要素を盛り込み成功した風太郎は、歴史をパロディ化する方法に安住し、松本清張の登場でリアリズム志向を強めた探偵小説と決別したとの解釈は、大変興味深い。
 戦後の”闇”が終わり、 経済成長という”光〟が到来すると、風太郞は探偵の世界から退場した。これを、終戦直後に巻き起こった探偵小説ブ—ムだけでなく、戦後文学の変遷とも対照ながら、風太郎の独自性をあぶり出すところは、純文学や新興メディアとの関係から探偵小説史を論じた『日本探偵小説論』 (水声社)を書いた著者の面目躍如といえる。
 ただ、全三章のを一章分を使って風太郎以外の戦後探偵作家を論じ、風太郎との関係が明確なのが高木彬光に言及したパ—卜だけというのは、明らかにバランスを欠いていた。それだけに、全体を読めば風太郎を戦後文学の中に位置づけるという意図は分かるものの、純粋に風太郎論だけが読みたい人は苦痛を強いられるかもしれない。それでも本書が、風太郎研究に新たな視点を与えるごとは間違いない。


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