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『現代思想』2003年9月号「占領とは何か」特集

『現代思想』2003年9月号「占領とは何か」特集

第13回 『現代思想』2003年9月号「占領とは何か」特集

 アメリカ軍その他によるイラク占領は、記憶に新しい「歴史」だ。
 そのさいに、日本占領が「成功したケース」として引き合いに出された。それは、歴史「修整」主義の悪質な手口にすぎないにせよ、苦々しい記憶だったことは確かだ。
 とはいえ、あの(日本国も寄与するところ大であった)イラク戦争が、日本占領再考の契機となった点は、認めておくべきだろう。
 『現代思想』2003年9月号「占領とは何か」は、一雑誌の特集という形ではあるが、再考の原理的な論点を提示し、価値ある資料となりえている。


 イラク占領に関しては、日本も貢献した。何よりも、その点は、看過されてはならない。出立からすでに明らかだったイラク占領の「失敗」。その「責任」は当然、後方支援を提供した日本にも問われてくるだろう。そうした危機感が、本書を用意したといえる。
 まず巻頭の討議「占領とは何か」。新崎盛暉+板垣雄三+林哲。多岐にわたる論点を提供しているが、主要な柱は、三点だ。
 沖縄+中東+在日
 これは、それぞれの発言者の専門領域を反映しているが、何より、日本占領を単独の歴史項目としてあつかう姿勢への根底的な批判という点で共通する。そして響き合う。
 (すでにこの連載の第七回でふれた済州島蜂起と、第十二回でふれたパレスチナ占領とが、一九四八年四月に、ほぼ同時に起こっていることを想起してもいい)。
 林哲の発言。
 《戦後占領を通して南朝鮮、沖縄、日本は同じ占領軍の下にいながら、長い間その三者の体験に分断されていて、相互に交流される機会がなかった》
 統治する側は一貫していた。しかし「抵抗」する側、そして後代の研究者もまた、分断された観点しか持ちえなかった。
 ——これは、占領期再考をこころざす上で欠かせない反省点だろう。

 イラク占領に関しては多くの書物がある。
 アメリカはイラクを崩壊させた。
 だが、事態を「イラク破綻」と捉えるのみ(トビー・ドッジ『イラク戦争は民主主義をもたらしたのか』)では充分ではない。まったく充分ではない。別の観点が必要だ。
 デヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義 その歴史と現在』を(その冒頭から)引用しておく。二〇〇三年九月、連合国暫定当局(CPA)が発した命令——。
 《「公共企業体の全面的民営化、イラク産業を外国企業が全面的に所有する権利、外国企業の利潤の本国送金を全面的に支援すること、イラクの銀行を外国の管理下に置くこと、内国民待遇を外国企業に開放すること、ほとんどすべての貿易障壁の撤廃」である。これらの命令は、公共サービス、メディア、製造業、サービス業、交通運輸、金融、建設など経済のすべての領域に適用された》
 イラク戦争については、ともすればその野蛮な軍事侵攻の側面に批難がかたよりがちだ。大量破壊兵器隠蔽を口実にした侵略、「9.11」への報復を至上としたキリスト教原理主義。全世界を「民主主義化」せずには止まない明白な使命感。そして石油メジャーの代理人たる役割を完遂した権力中枢の執行者たち。
 巨大な軍事力によって崩壊させられた国家。続いて発された占領政策は、経済侵略のプログラムに他ならなかった。平和的ではあっても、その苛酷な暴虐ぶりは軍隊を上まわる。と、ハーヴェイは指摘する。
 上の命令は、軍人執政官(不評で更迭された)の後任者として代表の地位についた文民執政官によるものだ。
 ハーヴェイは、イラク占領後の政策を、市場原理主義の歴史的展開の一事例として分析する。ここで、ハーヴェイが参照するのは、一九七〇年代のチリのクーデターだ。社会主義政権が軍事クーデターによって覆され、全体主義国家と化した。アメリカの関与は明白だった。ハーヴェイは、そこに、早い段階での新自由主義経済学イデオロギーの介入をみる。八〇年代に本格化したハイパー資本主義は、すでにチリにおいて先駆的に実現していた、とする観点だ。
 グローバリゼーション支配の網の目が、すでに、長い歴史的蓄積を積んでいることに、ハーヴェイは注意をうながす。
 今日、われわれは、債務危機・国家破産というケースが頻発する世界システムに直面させられている。日常的な経済活動が、軍事侵攻を上まわる残虐な侵略行為であるような世界に投げだされているのだ。
 グローバリゼーションは、政治・経済・社会・文化といった従来の枠組みを粉ごなの断片に解体した。それらに依拠した思考様式はほとんど無効に帰せられた。端的にいえば、長い時間を経て蓄積されてきた文化が破壊された。わずか数十年のうちに——。
 その結果、「今この世界には何が起こっているのか」に答える有効な言葉を、われわれは持っていない。飛びかっているのは、不正確で断片的な「世界認識」ばかりだ。
 イラクの失敗は、イスラーム国を生み出した。新自由主義経済政策の「明日なき暴走」がどんな惨状をまねくのか、だれにも予測はできない。
 インターネットを介したワンクリックによる金融取引が一国の経済システムを崩壊させる——これは比喩ではなく、すでに現実の出来事なのだ。

 ……しかし、話を日本占領にもどそう。
 「占領とは何か」特集号には、他に、二点の注目すべき論考がある。
 「占領の記憶 沖縄・日本における言語・ジェンダー・アイデンティティ」M・モラスキー。これは著者の占領小説論の第一章にあたる。
 「占領軍への有害な行動 敗戦後日本における移民管理と在日朝鮮人」T・M-スズキ。これは、在日朝鮮人という宙吊りの存在が敗戦直後から辿った軌跡を実証的に検証するもの。
 この二点については、次回以降で紹介していこう。

GHQ資料室 占領を知るための名著・第13回 2016.04.18更新

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